手術は成功です。
今回は雑談です。
が、わりと知っていただきたい内容です。
「手術は成功です。」
最近の医療ドラマ事情はあまり知りませんが、ひと昔前はよくドラマでそんな言い回しがあった気がします。
しかし現代の医療において、「手術は成功です」なんてまず言いません。
同様に、「手術は失敗しました」「私、失敗しないので」なんてことも言いません。
どういうことか?少しだけ詳しくお話ししたいと思います。
術前検査
まず、どんな手術であれ、術前検査を行います。
術前検査では、病巣のことと、全身のことを手術に先立って検査します。
🔸 病巣のこと
手術する部位に関しては、CTやMRIなどの画像検査で今病巣はどのような状態か、どのぐらいの大きさでどこまで広がっていて、どこまで浸潤していそうか、悪性腫瘍の場合は転移はどうか、などを評価します。
身体の中の構造は複雑で、例えば、「ここからここまでが胃です」と明確にはっきり目視できるわけではありません。
脂肪に埋もれており、血管も複雑に入り込んでいるため、一口に「胃を切る」といっても安全に切除するためには、その周囲の組織をきれいに削ぎ落とし(=剥離)、つるんと剥き出しにする必要があります。
人間の身体の中はある程度つくりが決まっているのですが、術前の画像検査(CTなど)でそれらを事細かに確認し、異常なつくり(解剖学的異常といいます)になっていないかも確認します。
手術で切り込んでいくにあたって、障壁がないか、あるとしたらどのような障壁がありそうか、確認するのです。
🔸 全身のこと
すぐ終わるような表層の手術でない場合、局所麻酔以外の麻酔(全身麻酔や腰椎麻酔、神経ブロックなど)をかけることが多いです。
全身麻酔とは、お薬で完全に眠ってもらって、必要に応じて人工呼吸器を使って麻酔することをいいますが、特に全身麻酔にあたっては、全身麻酔に耐えうる全身状態か?を手術前にしっかりチェックします。
例えば、以下のような検査があります。
・問診:薬のアレルギーやこれまで全身麻酔を受けたときの問題点、今飲んでいるお薬
・血液検査:貧血や感染症の有無、凝固異常の有無、肝臓や腎臓の機能、糖尿病の状態など
・心電図・心エコー:心臓に病気がないか?
・レントゲン:心臓や肺に問題がないか?
・呼吸機能検査:肺の病気がないか?
・頭部CT:脳梗塞や脳出血がないか
心臓や肺に異常があると、全身麻酔中に心不全が急激に悪くなったり、呼吸の状態が悪くなり手術後に人工呼吸器が外れなくなる可能性があります。
未治療のひどい糖尿病があると、身体の中や表層の創の治り(くっつき)が悪くなり、縫合不全を引き起こす原因になります。
こういった検査を経て、手術中や術後に起きうる良くないこと=合併症について、どんなものがどれぐらいの確率で起きそうか、起きたらどのように対処すべきか?を見定めます。
もしくは、手術前にもっとやっておくべき治療がないか?検討したり、検査の結果によっては、「あなたの心臓の状態では全身麻酔の手術を受けれられません」とか「手術を受けないほうが長生きする可能性が高いです」という評価になることもあります。
手術計画
次に、以上のさまざまな検査の結果を勘案して、どのように手術を行うか、計画を立てます。
全身麻酔にあたってはどのような薬どのようなタイミングで使っていくのか、手術手技についてはどこから切り込んで、どの臓器のどこからどこあたりを切除して、どことどこをどのように吻合(=繋ぎ合わせること)するのか、計画を立てます。
その手術計画の中でも、ここがうまくいかなかった場合(例えばうまく正常臓器と腫瘍とが切り分けられなかった場合とか、こことこことを吻合しようと思っていたもののぎりぎりの距離になってしまいそうな場合とか)、プランBとしてどうするか、プランCは、など、複数のケースを考えておきます。
また、一般的には一人の医者が手術計画を立てて一人の医者が手術するわけではありません。
病院によってやり方はいろいろですが、術前カンファレンスといって、その病気の診断に至った経緯や、さまざまな検査の所見、手術以外の方法はないのか、合併症のリスクとその対処、手術する場合のプランA・B・Cなどを担当医が多くの医師の前でプレゼンし、診療科長や経験豊富な医師たちの承認を経てはじめて手術の予定が組まれるのです。
そのルートではこういうリスクが高そうだから、この患者さんは通常とは違うこのルートで手術したほうがいいとか、この患者さんは手術より先に化学療法をやったほうがいいかもしれないから、この検査を追加して先に手術するのとどっちがいいか再検討するように、などしっかりと検討がなされます。
このあたりのプロセスは一般企業の企画立案とわりと似通っているのではないでしょうか。
緊急手術
以上は予定手術といって、ある程度待つことのできる、予定した手術のことをお話ししてきましたが、大動脈解離や腸管穿孔など、今すぐに手術をしないと命が危ないという場合に、緊急で行う手術を緊急手術といいます。
緊急手術の場合は予定手術と違って、事細かに検査をしている時間はありませんので、最低限の検査や合併症の評価を行い、速やかに手術が開始されます。
すぐ手術してもらえるなら大腸癌の手術も緊急でやってもらえないか?と思われるかもしれません。
すぐに手術したほうが、癌の進行が食い止められるじゃないか、と。
そうしないのにはちゃんと理由があります。
これまで解説してきた通り、癌が進行するリスクを減らすよりも、しっかり検査をしてしっかり計画を立てて手術に挑んだほうが、結果として患者さんにとってメリットが大きいのです。
急いで手術したために糖尿病が悪さをしてお腹の中で縫合不全を起こし、それが原因で亡くなる、といったことも十分に考えられます。
救命と安全とのバランスの中で、いつ手術をするのがいいのか、医師たちは常に考えているのです。
「手術は予定通りでした」
さて、前置きが長くなりましたが、手術は行き当たりばったりで行うものではない、ということがよくお分かりいただけたかと思います。
安心安全な手術を行うため、入念な準備の上、計画通りに執り行うものなのです。
緊急手術であっても、緊急な病状であるからこそ手術をしても助からない可能性などは手術前に必ずお話しします。
つまり、手術にあたっては予定外の出来事がほぼほぼ起こらないように準備をするわけで、手術は「予定通りであったかどうか」が適切な言い回しになります。
「成功」「失敗」というと、ギャンブルと一緒です。
人間の身体で一か八かの賭け事をしているわけはありませんので、実際の現場でそのような言い方はしませんし、評価の方法として適切でないのです。
手術が終わった後の医師からの説明も「手術は予定通りでしたよ」とか「ここが予定通りにいかずプランAができなかったのでプランBにしましたよ」という言い方がほとんどです。
プランAにならない可能性がある程度ありそうなら、普通は手術前にそのように説明があるわけですが。
ですので、手術が終わって、間違っても「手術は成功でしたか?」なんて聞かないで欲しいのです。
入念な計画をして、手術をしてくれた先生にとても失礼です。
「成功」とか「失敗」とかそんな行き当たりばったりで手術やってませんよ、ということです。
仮に予定通りいかなかったとしても、患者さんのために最善を尽くすのが医師の使命です。
いかがでしたでしょうか?
変なドラマのせいで、とは思いますが、医療の実情を知って欲しくて今回、このような雑談を書きました。
ちなみに、「メス!」とも言いますが、「メスください」と言うことが多いのと、メスを使うのは最初の最初の皮膚を切るときだけです。
また何かネタを考えたいと思います。
それでは、また。